| 太鼓衆一気プロフィール |
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| 2002年7月、日野イッキを中心に、当初3人で結成しました。少数精鋭で大人数のチームに負けないアンサンブルを、そして、本来の和太鼓の音を響かせる、を目的とした、「聴く人のこころを揺さぶり、魂をわしづかみにし、身体の奥に沈みこんだ何かを蘇らせる音」を目指しています。 初めての海外公演は、04年7月、台湾観光50周年記念行事において、日本代表として招待され、4カ国5チームで台湾全土を回り、各地で絶賛されました。 |
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| 9月には初の自主コンサートを開き、台風直撃にも関わらず、多くの方が観に来て下さり、大成功を収めました。 勢いに乗り、続く11月から1ヵ月半、日本人として初めてウクライナツアーを敢行。 大統領選挙での混乱の中にも関わらず、延べ1万5千人もの観客を動員。 TV・新聞のマスコミ関係にも多数出演。ウクライナ中に太鼓衆一気旋風を巻き起こしました。 帰国直後に、韓国のフェスティバルに招待され、5カ国9チームの日本代表として参加。 太鼓衆一気の力強い音と独自のスタイルは、他のチームを圧倒。一番の支持を得ました。 2005年からは、メンバー一新の為、チームの基盤を固めながら、アサヒビール主催のイベントや成田太鼓祭、その他多数のイベントに参加。また、この年、日野イッキがソロデビュー。コンテンポラリーダンス界トップの、フォーサイスカンパニーとジョイント。 9月には、大阪で2回目の自主コンサートを開き、前回を上回る多くの方が見に来てくださり、大成功を収めました。 12月には2度目の韓国ドラムフェスティバルに、日本代表で参加。 2006年、ついに東京で自主公演を開き、無名にもかかわらず約400人もの観客を動員。大成功を収めました。 そして3年連続で成田太鼓祭に参加。大会史上初、昨年に引き続き、2年連続で本堂でアンコールを頂きました。 日野一輝がソロを本格的に活動開始。東京のライブハウスに出演。 夏には2年ぶりに台湾へ。ここでも一気旋風を巻き起こし、市長やプロデューサー、多方面の方々から一番の支持を得ました。 帰国後、更なる飛躍を目指し、拠点を東京へ。ここでチームを一新。 12月には新メンバーで、韓国ドラムフェスタに参加。 2007年、日野一輝が堤真一、高橋克実ら大物キャストが出演する『写楽考』に、音楽として参加。 |
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| 2002年7月 | 結成 |
| 響鼓in熊野にて初イベント | |
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| 2003年 | 一打祭に参加 |
| 響鼓in熊野に参加 | |
| 全日本創作太鼓フェスティバル3位 | |
| 天響祭に参加 | |
| 企業・保育園・学校にて演奏 | |
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| 2004年 | 成田太鼓祭に参加 |
| 初の海外公演(台湾)全国ツアー | |
| 響鼓in熊野に参加 | |
| 初の自主コンサート | |
| 日本人初ウクライナ全国ツアー | |
| 韓国公演 | |
| その他多数の企業イベントに出演 | |
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| 2005年 | 成田太鼓祭に参加 |
| 東京で、初イベント | |
| 初の一輝ソロ。安藤洋子プロジェクトにて、コンテンポラリーダンス界のトップ、フォーサイス・カンパニーのショウイングで、即興パフォーマンス | |
| 第2回自主コンサート | |
| 韓国公演 | |
| カウントダウンライブ | |
| その他多数の企業イベントに参加 | |
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| 2006年 | 東京で初の自主コンサート |
| 成田太鼓祭に参加 | |
| 一輝ソロ。で東京のライブハウスに多数出演 | |
| 一輝ソロ。2回目となるフォーサイス・カンパニーのメンバーと共演 | |
| 2年ぶり台湾ドラムフェスティバルに参加 | |
| 拠点を大阪から東京へ移す | |
| 韓国公演 | |
| その他多数のイベントに参加 | |
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| 2007年 | 成田太鼓祭に参加 |
| 一輝ソロ。渋谷シアターコクーンで堤真一、高橋克実ら出演の「写楽考」に、音楽で共演。 | |