太鼓衆一気
太鼓衆一気は2002年、大阪で当初3人で結成しました。
和太鼓というと、どこか伝統的な、もしくは盆踊りなどで見られる櫓の上で叩いている姿、等々を思われるかもしれませんが、私たちがやっているのは、伝統的な音楽ではなく、全てリーダーの日野一輝が作曲した完全オリジナル曲です。そして少数精鋭で大人数のチームに負けないアンサンブルを、そして本来の和太鼓の音を響かせる、を目的とした「聴く人のこころを揺さぶり、魂を鷲掴みにし、身体の奥に沈み込んだ何かを蘇らせる音」を目指しています。
2002年〜2003年 結成〜路上ライブ
結成当初は、大阪城公園等で野外で練習していました。週末の夜には宣伝と度胸試しの為、難波や梅田に行き、路上パフォーマンスをするという日々を送っていました。
少人数とは思えない迫力と音楽が少しずつ口コミで広がり、次第に学校での行事や、企業のパーティーの余興で演奏する様になり、その活動範囲は、どんどん広がって行きました。「真(まこと)」の音を海外に届ける事を夢見て・・・。
2004年 ついに海外へ!
ところが意外と早くにその夢が叶い、ついに海外へ!
この年の夏、台湾観光50周年記念行事にて日本代表として招待されました。4カ国5団体で約2週間、台湾1週ツアーを行い、多大なる評価を得ました。
勢いに乗り、11月から約1ヶ月半、日本人としては初めてとなるウクライナ全国ツアーを敢行。オレンジ革命という国を挙げての大統領選挙の混乱の中にも関わらず、延べ1万5千人もの観客を動員。
TV、新聞、ラジオ、雑誌など様々なメディアに出演し、ウクライナ中に太鼓衆一気旋風を巻き起こしました!
勢いに乗っている時は止まりません。ウクライナ帰国直後に、今度は韓国のドラムフェスティバルから招待され、これまた日本代表として参加。太鼓衆一気の力強い音と独自のスタイルは他団体を圧倒。韓国プロデューサーから1番の支持を得ました!
2005年〜2006年 関東に進出 初めての東京公演
2005年からはチームの基盤を固めながら、東京でアサヒビール主催のイベントや、千葉の成田太鼓祭り等、多数のイベントに参加し、その範囲を関東にも広げて行きました。
またこの年、リーダーの日野一輝がソロとしてデビュー。コンテンポラリーダンス界の世界トップクラス「ザ・フォーサイスカンパニー」の若手と共演。
9月には、大阪で2回目となる自主コンサートを開き、大成功を収め、12月には、2度目となる、韓国ドラムフェスティバルに参加。
そして2006年2月、一つの目標だった東京でのコンサートをついに実現!関東ではまったくといっていい程の無名にも関わらず、蓋を開けてみれば、ほぼ満席!大盛況で幕を閉じました。
夏には2年ぶりに台湾へ。ここでも一気旋風を巻き起こし、市長やプロデューサー、多方面の方々から1番の支持を得ました。
帰国後、更なる飛躍を目指し、拠点を東京へ。チームも一新しました。
2007年〜2008年 関東で活動開始 日野一輝ソロでも始動
2007年からは、新たな挑戦として、リーダー日野一輝が精力的にソロ活動を開始。東京や横浜など、多数のライブハウスに出演。またこの年、シスカンパニー主演「写楽孝」の舞台に、音楽として参加。
一方、成田太鼓祭りや、学校公演等、様々な所からの依頼を受け、多数出演。
10月には、太鼓衆一気5周年コンサートを埼玉で行い、大成功をおさめました。
12月は、毎年恒例となった、韓国ドラムフェスティバルに参加。
2008年、日野一輝が東欧にソロで進出。沢山の人に和太鼓の音を聞いてもらいたく、路上ライブを行い、5カ国廻る。
チームの活動範囲も、関東だけでなく関西からも呼ばれ、多数のイベントに参加。
10月、埼玉で自主コンサートを行い、会場としては劇団四季が出演した依頼となる観客を動員し、話題を呼びました。
2009年〜2010年 さらなる飛躍へ・・・。
2009年、この年新たな試みとして、他団体で活躍する若手を集め、過去最大12名で、東京では3年ぶりとなるコンサートを、下北沢で行い、2日間公演にも関わらず、両日とも満席で大盛況を得ました!
2010年には、関東ツアーを敢行。東京、群馬、千葉、埼玉を廻り、大盛況を得ました。

